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エールーフランスのパリ発ニューヨーク行きコンコルドが、カナダのハリファックスに緊急着陸した。
エンジンートラブルが原因で、パイロットは第三エンジンを止めて着陸。
だが、乗員九名、乗客四七人に怪我はなく、コンコルドは三時間後にニューヨークへ向かったそんな記事だった。
しかし、これだけのニュースに、かなりのスペースが割かれているではないか。
ヘッドラインを見て、扱いの大きさが分かった。
「セレブリティたち搭乗のコンコルド、トラブルでハリファックスヘ」 歌手のロッドースチュワート、スーパーモデルのナオミーキャンベルとリンダーエヴァングリスタの写真が載っている。
彼らが乗っていたのだ。
どうやらニュースの主役は、コンコルドではなく、彼らのようだった。
さらに記事を読むと、緊急着陸した乗客たちは空港のバーガーキング(コンコルドからバーガーキングー)で朝食を摂った、とある。
ナオミーキャンベルが、三ドル九九セントのハンバーガーを買うためI〇〇ドル札を出したところ、バーガーキングでは高額紙幣は受け取らない規則だからと、断られた。
そこで彼女は友人に小銭を借りて支払ったという。
セレブリティたちは結局、エアーカナダージヤズージェットに乗り換えて、ニューヨーク「パリ航空ショー2003」に飛来、お別れ展示が行われたエール・フランスのコンコルドに向かう。
四時間遅れの到着たった。
ニューヨーク~パリの往復運賃は一万三六四五ドル~一万九四九四ドルと、嫌味っぽくこの記事は終わっていた。
この記事を読んで、何となく「引退」を意識した。
最初に浮かんだ言葉は「凋落」たった。
筆者の予想が当たったかのように、その直後の二〇〇三年四月、運航両社は二〇〇三年一〇月末をもって、コンコルドの商業運航を停止すると発表した。
引退宣言である。
そして于-ルーフランスのコンコルドは、五月末で商業運航を終了した。
六月一四日、パリ航空ショー2003の開幕に当たり、エールーフランスのコンコルドはショー会場(ルーブールジエ空港) へ最後の飛行を行い、閉幕まで会場で地上展示された。
ショー終了後この機体は、ルーブールジエ航空宇宙博物館に寄贈された。
またエールーフランスは他に三機のコンコルドを、アメリカ国立スミソニアン航空宇宙博物館、ドイツのジンスハイム自動車技術博物館、フランスのエアバス航空博物公園(建設中)にも寄贈した。
英国航空もI〇月末で定期運航を終える予定で、あとはチャーター・フライトを数回残すだけになった。
超音速の空の旅を唯一体験できる機会は、もうわずかになってしまったのだ。
さよならコンコルド。
特別塗装機王国・ニッポン エアライン各社のロゴマークやマーキング(機体塗装)を眺めるのは、空の旅の愉しみのひとつだが、これにスペシヤルーマーキング(特別塗装)が加わると、愉しみは倍増する。
しかも現在の日本は、「スペシヤルーマーキング王国」なのだ。
世界をリードする国内線の機体の塗装はもちろん、海外からも奇想天外なスペシヤルーマーキングを施したシップが飛来してくれる。
まず日本国内のスペシヤルーマーキングの系譜を、整理しておこう。
嘆矢となったのは、一九九三年の秋に初登場したJのマリンジャンボである。
旅客機がこれほど人気を集め、航空界が明るい話題にあふれたのは空前のことだった。
マリンジャンボは、Jの乗客数が五億人になったのを記念して、全国の小・中学生を対象に、B747-400Dの記念カラーデザインを募集したことから誕生した。
ジャンボのボディをカンバスに見立て、全国の子供たちがデザインした応募作品の中から、当時千葉県市川市の小学校六年生、大垣友紀恵さんの作品が最優秀賞に選ばれたのだ。
ジャンボのボディに、巨大なクジラと、海の仲間たちを描いた作品で、この後、この機体がマリンジャンボと呼ばれることになる。
一九九三年九月コー日、東京~札幌63便として、マリンジャンボは初めて日本の空を泳いだ。
この日から、マリンシャンポーブームが始まった。
全便満席、どこの空港でも大歓迎。
数多くの関連グッズも大人気。
「ウチの空港にも、マリンジャンボをぜひ1・」というリクエストが、全国からJに殺到した。
なかには、ジャンボが着陸できない空港からも要望があった。
そこで、地方空港でも離着陸できるB7671300にも、基本的に同じデザインを施し、マリンシャンポージュニアとして就航させた。
マリンジャンボは期間限定塗装だったが、人気に応えて就航期間が大幅に延長され、その後一九九五年五月三一日、千歳発羽田行きの62便で、惜しまれながらファイナルーフライトを行った。
日本の民間航空界に、明るいIページを記し、その後のスペシャルーマーキングに道を拓いた。
こうしてマリンジャンボは伝説になったのである。
マリンジャンボに刺激されたのか、一九九四年から特別塗装機が続々飛ぶようになって、現在に至っている。
Nは、導人中たったMD’11^に「Jバード」の愛称を付け、前部胴体と主翼端のウイングレットに日本の希少な鳥のイラストと名前を書き込んだ。
エトピリカから始まり、ヤイロチョウ、タンチョウ、イヌワシ、ヤンバルクイナ、クマタカ、コウノトリ、ノグチゲラ、オジロワシ、ライチョウと命名される。
ウイングレットのイラストは、両面に描かれているから、窓から眺めるとエトピリカやオジロワシと編隊飛行しているようで楽しい。
これは正確には特別な塗装ではなく、普通塗装の特定機種に、愛称とイラストを付加した例で、マーキングとしては地味だけれど、これはこれで人気が高い。
Nは、このシリーズ路線を大切にしているようでうれしい。
一九九六年に初就航したB777には「スタージェット」と命名、星の名前を愛称にして、コクピット窓の後方に神話の星座イラストと名前を書き込んだ。
シリウス、ヴェガ、アルタイル、ベテルギウス、230と塗装を愉しむ機種Ⅶ章プロキオン、レグルス、スピカ、アークツルス、アンタレス、デネブが描かれている。
さらにB737-400には、「フラワージェット」と命名された。
前部胴体のロゴの後ろに、愛称の花の名とイラストが描かれた。
コスモス、リンドウ、ヒマワリ、ラベンダーと続いてきたが、一九九七年にJALエクスプレス(JEx)が設立され、B737は全機移管されてしまった。
N初のスペシャルーマーキングは、一九九四年の太平洋楽園計画「リソッチャーキャンベーン」で登場した、スーパーリソートーエクスプレスのジャンボだ。
南国の花と鳥をボディ全体に描き、垂直尾翼の鶴丸マークまで消して、ハイビスカスとイーウィを描いた、リゾート気分の塗装だ。
これはハワイ線で始まり、グアムーサイパン線、オーストラリア線、国内の沖縄線と広がった。
現在は、中央胴体に大きく「Resocha」の文字を入れた新塗装になっている。
キャラクター・スペシャルーマーキング ボディ全体に広がる派手な塗装、しかもそれが人気のキャラクターとなると、コーポレートーイメージを強烈に印象付ける、効果的なスペシャルーマーキングになる。
これに着目したのも、日本のエアラインだった。
その第一弾が、Nのドリームーエクスプレス。
何とディズニー・キャラクターを描いたのである。
これは、世界で初めての、キャラクター特別塗装機の出現だった。
垂直尾翼に、旅行かばんを片手に急ぐミッキーマウスと「DISNEY ON TOTに[ま]の文字。
ボディ全体には、青い空、白い雲、ミッキー、ミニー、ドナルドなどお馴染みのキャラクター。
B747とB767に描かれ、九四年八月、日本の空に登場した。
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